2005年03月29日

開幕した『愛・地球博』

 春一番の朗報、「愛・地球博」が開幕した。
 今世紀初の万博、しかも国内では大阪万博以来、35年ぶりだという。
 
 テーマは「自然の叡智」だそう。
 私自身が常々考えている、「自然に挑むのではなく、自然に学ぶ姿勢こそ大切で、人間も自然の一部であるという謙虚な気持ちこそ、人間の英知ではないか。」テーマと共通する。

 とにかく早速行ってみようと、しかも、どうせ行くのなら開幕に行こうと、25日朝6時に早起きをして、富士インターに車で行って、富士急トラベルのバスに乗った。
 予想していた渋滞もなくスムーズに会場へ着いたのが午前10時。

 とにかく広く、華やかなパビリオンが、背伸びするように立ち並んでいる。
 天気の方は、富士を出発した時は快晴で、今日はついているなと、喜んでいたのもつかの間、風が冷たく、夕方には雪が舞ってビックリ。
 昨年2004年の花博が、女性と中高年が多かったのに比べ、春休みのせいか、学生や若者たちが大変目立った気がした。

 さすが万博(!?)で、120ヶ国の参加は素晴らしく、各パビリオンのコンパニオンの女性の明るい笑顔が、国際的博覧会を華やかに盛り上げていた。
 今も中東などで戦争が行われていることなどウソのようだ。

 人気のグローバル・ハウスやトヨタグループ館などは、長蛇の列で見られなかったが、ヨーロッパ、オセアニア、アジア、アフリカなどの世界の国々のパビリオン、グローバル・コモンはどこもスムーズに入れて、充分楽しめる。

 感心したのは、各国のユニークで個性的な展示とメッセージだ。
特に、ヨーロッパのパビリオンは地球の将来と人類の行方について語りかけ、入館者に共通の問題提起を与えていて、大変興味深かった。
 また、日本のパビリオンも含めて共通しているのは、液晶テレビやITを駆使しての映像の世界が未来を示していることだ。

 このような大きなイベントは、会場も広く疲れるからイヤだという人もいるかも知れませんが、今世紀私たちが生きている間はこれが最後のチャンス、国内ではもうお目にかかれないと思って参加してみませんか。思わぬ発見があるかも、知れませんよ。
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2005年03月22日

今も心に残る、WPPD(世界平和を祈る日)懐かしんで

 2004年の夏至の日、6月21日に富士山朝霧高原で開催した『地球に感謝の祈りを捧げる日』から、早いもので十ヶ月近くが経とうとしています。

 その時は、アメリカ・アイルランド・エスキモー・ニュージーランド・オーストラリア・南アフリカ、そして日本のアイヌの人々など、さまざまな国々と地方を代表する先住民の方たちを中心に、この主旨に賛同する方々が約6、000人が集い、アメリカインディアンの儀式を通じて、地球に感謝の祈りを捧げました。
 この間、台風6号の暴風雨の中でも、セレモニーが終わるまで、ほとんどの方が帰らなかった、不思議な集いでした。

 その時、大変な実行委員会本部の事務局長を務めたのが、海老原よしえさんでした。
そのよしえさんのライブが、20日午後2時より富士吉田市の御師の家(江戸時代の冨士講の人々が泊まった宿)で行われるとと聞いて、早速行ってみました。

 やっと探し当てて、家の近くに行ってビックリ。会場入り口の大きな石燈灯の前を通って行くと、室町時代からの歴史のある木造の古民家で、富士講の人々の拠点の一つであったと聞きます。
 築400年という最も古い民家・文化財で、何とも不思議な雰囲気の建物でした。
約20畳間の和室に、みんな座り込み、車座になってライブを聞きました。

 参加者は、子供連れの若いお母さんたちが中心で約20人ほど。
 よしえさんの声と語りは、なにか安らぎを感じました。
 ここはいつの時代なのか錯覚してしまう、歴史ある古い木造の建物の不思議さと、2004年の夏至の日のセレモニーの不思議さ、そして、よしえさんの歌の、人の魂に触れるような不思議な魅力、3つの不思議が重なって、何とも不思議な感慨深い気持ちでした。

 やはり、富士山には気象条件や山の生い立ちで、聖霊がやどり易いのかも知れない。
そう言えば、青木樹海も人穴浅間も何となく近寄りがたいが、不思議な感じなのだ。お胎内にいるような安らかな気分。

 一年前の集いを思い出して、夏至の日には「平和を祈る」を集いがなにかできればいいなあと考えながら帰路に着いた。
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2005年03月14日

若さのチカラ

 私の知人(市民劇場事務局長)より、高校生の演劇愛好家で創っている校境劇団「UNIVERSE」のことを紹介され、協力してやってほしいとの依頼を受けました。
 お話を聞いて、大変関心と興味を持ちました。

 富士地域の演劇好きな高校生が、学校の枠を超えて劇団を創り、活動しているとのこと。団員は16人。脚本からスタッフ・キャスト・大道具・小道具に至るまで、みんな自分たちでやっているとのことでした。

 その時に数日後に行われる、第2回目の公演予定の手作りのチラシをもらいました。そこで、早速3月12日(土)午後6時より、富士市の勤労福祉センター「ラ・ホール」に行ってみました。

 会場に入ると、仲間の高校生、家族と思われる中高年の人、演劇ファンの人など、約200人位が集まり、幕が上がるのを待っていました。
 その場は、公演といった緊張感はなく、素人の発表会らしく、案内も肉声で、家族的で和やかな雰囲気でした。

 ところが私の予想に反して、出し物のテーマ、団員の演技、セリフ回しと間、とすべてにおいてとても高校生とは思えない立派な内容の創作劇でした。演劇に取り組む真面目でしっかりとした姿勢が、はっきり感じさせる出来ばえで、高校生が大きく見えました。

 一番感心したのは、みんなで考えて創ったシナリオ。
 内容は、ざっと次のようなものでした。

 一人暮らしのおばあちゃんが、インターネットで家族を募集したところ、父親役、母親役、子供役が一人ひとりバラバラに家に帰ってくるという想定。
 約束ごとで、入ってくるときは必ず「ただいま」と言って入ってくる。
  先にいる人たちは、「お帰りなさい」と声をかけ、家族が揃ったところで世間話など団欒が始まります。
 そこへ借金取りが来たり、近所の八百屋さんが来たり、子供役の女の子の親が探しに来たりして大騒ぎ。
  それぞれの家族の役割を演じながら、元の本人の本音になったり、とにかく広くない舞台をところ狭しとみんなで飛んであるく。とにかく元気がいい。
 訴えたいことは、家族だから素直に相談したり、甘えたり出来る時もあるけど、逆に、家族だから意地を張って本音を言えない時、言えないこともある。

 と、今、崩壊しつつある日本の家族のあり方をテーマにして、その絆の大切さを、大人が考えている家族観ではなく、「高校生から見た、感じている家族像」探しを高校生なりに表現し、描いていて、その迫真の演技が、会場の人達の心をとらえて離しませんでした。

 私も大人が一方的に「若者たち」をイメージしてしまうのではなく、一人ひとりの個性を「個人として尊重」して見るようにしなければならない、と改めて教えられたひとときでした。

 これからも温かい気持ちで、少しでも、この「若者たち」による演劇のように、「一人ひとりの個性」と「その個性の集まった集団」を活かせる環境づくりについて、出来ることは支援して行きたいと痛切に感じました。

                           秋鹿 博
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