2005年07月22日

「終戦記念日に思う」〜過去からの新しい出発〜

今年も本格的な夏がやって来ました。
毎年盛夏の8月15日の終戦記念日を迎えると、様々な事を考えさせられます。
特に今年は、戦後60年という大きな節目の年、そして、小泉総理の靖国神社参拝問題で、中国や韓国と外交上ギクシャクしている現状を考え合わせると、何か将来に対して不安を感じているのは私だけではないと思います。
今、私は靖国神社でと言いましたが、本当は歴史認識や領土問題が根底にあり、経済問題が背景にあって、日本を揺さぶる戦略として、靖国問題を反日運動の手段としているという見方もあります。

 いずれにせよ、日本は戦後60年、平和憲法の下で復興と繁栄を成し遂げ、自他共に「経済大国」と認められ世界有数の国になり、ODA(海外経済協力基金)の額においては、バブル経済崩壊後も常に世界各国でトップクラスの拠出をしていることは周知の通りです。
 しかし、いつも疑問に思っているのは、これだけ国際社会に貢献している割りには、日本への「評価や信頼」が決して高くないのはどうしてだろうか、と考えさせられます。
今回の国連常任理事国入りの問題でも、最近では一番の同盟国と思っていたアメリカにも反対を表明され、苦境に立たされています。
日本は決して「孤立」しているとは思いませんが、「理解」されていないのではないでしょうか。
結論を先に言えば、日本外交は「説明責任」を果たしていないということになります。
常任理事国の問題にしても、何の為に常任理事国を目指すのか、そのメッセージが伝わってきません。
これは近隣諸国との関係についても同じことが言えると思います。

 少し歴史を振り返ってみますと、第二次世界大戦の後、アメリカは「マーシャルプラン」を発表しました。
それまでは欧米列強が、アジアやアフリカなどの発展途上国や未開の国を武力によって支配し、搾取する植民地政策を取ってきました。
これによって貧しい国の人々は苦しんできましたが、このマーシャルプランは、「豊かな国は貧しい国を援助しなければならない。そして、民主主義を定着させ、世界平和を希求して行かなければならない。」というもので、アメリカの壮大で格調高い理念が示され、この精神が今日の「ODA」を生むキッカケとなったのです。
日本もこのマーシャルプランによって経済援助を受け、新しい国づくりで復興を成し遂げました。
敗戦という未曽有な不幸を経験しましたが、当時のアメリカに助けられた事は事実です。

今のアメリカには、このような世界の人々を唸らせる壮大な発想はありませんし、自国の利益を追い求めているとしか思えません。

 さて、本題に戻りますと、今、日本は自国をアピールする最大のチャンスにあるのではないでしょうか。
アメリカには出来ないことで日本に出来ることがあるはずです。

 それは唯一原爆を経験した日本から「戦争を止め、人類はみな家族であり、地球の生態系を取り戻そう!」と訴えることです。そして「地球環境宣言」を行い、京都議定書の実現を目指すのです。

その為に日本は世界に誇る「環境先端技術」を提供します。
常任理事国として、「自国の利害ではなく地球を救う」目的を達成するための国連改革を行います。

日本の常任理事国入りは、「今、自国の利害に囚われている時ではない!このまま地球環境が悪化すれば、国の存在どころか人類の破滅に繋がって行くことは必須である」と、全世界の人々にアピールしてはどうでしょうか。

 日本は戦後60年、唯一の被爆国として核兵器の廃絶と世界平和を訴えてきました。
また、自動車産業はじめ、あらゆる先端技術は今や日本の文化そのものであり、特に環境問題に対する研究開発は世界一と折り紙付きです。

 時代を担う子供達が、過去の歴史の負の部分を背負うのではなく、新時代・新未来への日本人としての誇りを持ち、夢とロマンを失わない生き方をして欲しいと思うのです。
そして、この意味で60回目の終戦記念日を日本人として新たなスタートの記念の日として、大切にしたいと願ってやみません。

                                 秋 鹿  博

posted by あきしか at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月06日

美しい自然は私たちの心の中にある

 先日、トレッキングの仲間の皆さんと北アルプスの白馬岳の麓、「栂池自然園」を訪れた。

 早朝5時に出発し、約5時間バスに揺られて、と聞いた時は正直余り気が進まなかった。

 ところが、梅雨の晴れ間とでも言うのでしょうか、天候に恵まれた上に、高原の遅い春と初夏が一緒になって、山桜と水芭蕉をはじめ、色とりどりの草花が競うように咲き乱れ、天国か極楽浄土へでも来たような美しさに、ただただ感動し、バスの疲れも吹き飛んでしまった。

 この信州小谷村は、長野県の最北端で山を越せば新潟県糸魚川市で、正に秘境の地である。
 人口4千人の小さな村ではあるが、北アルプスの雄大な自然とロケーションをフルに生かしたスポーツリゾート地として名高い。
 冬はスキーで賑わい、春・夏・秋は山岳レジャーと源泉の宝庫として一年を通して観光客が絶えない。
 しかし、最近はスキー客の減少から、むしろ女性や中高年の自然散策やトレッキング客の宣伝に力を入れているそうだ。
 私達が訪れたのも日曜日だった為、ハイカーやウォーカーなど観光客でいっぱいだった。

 何と言っても栂池高原の魅力は、登山駅からゴンドラで約30分、そしてロープウェイに乗り換えて約10分と、車はシャットアウト。
 お花畑のある自然園には他のルートの選択はなく、不便と言えばこの上ない。
 今日の土木技術からすれば、簡単に出来るはずの道路を造らず、この自然を守る姿勢が今日の成功をもたらしたことは間違いない。
 そして、村は振興公社を組織して、レンジャーやインストラクター・学芸員などの森林・自然専門家と村民のボランティアによる知恵と工夫で栂池高原を管理している。

 私は早速、管理事務所を尋ねて、高原を維持するための苦労話をお伺いした。
登山者や観光客のモラルは良いが、少しでも努力を怠れば荒れてしまう。
 
 それは、大自然には「おきて」があり、その猛威との戦いは想像に絶する。
一度人が山に入ったら、最後まで人為力な努力をしなければならないと言っていた。
私は話を聞きながら、富士山の現状と比較しながら心を新たにしていた。

 富士山は余りにも恵まれ、便利になり過ぎている。不便や苦労をしなければ自然の尊さも価値も解らないのではないか。
 栂池公園は、「栂池の自然を愛し、大切にする」ことを理解して来場してもらうために努力し取り組んでいるから、理解した人たちで賑わうのだ。

 私は観光協会のキャッチフレーズを、「富士山のある町」から「富士山を仰ぐ町」にしようと提唱した。

 霊峰富士を聖地として仰ぎ、富士山の懐に抱かれ、四季の自然に癒しの心をもって親しむ人が多ければ、「富士山はゴミの山」と酷評されることもなくなり、世界遺産に登録されることは必然であると考えたからだ。

 なぜなら富士山は日本人の心のふるさとであり、世界の人々の憧れの山であり、すでに世界遺産の資格も実力もある。
 たまたま心ない人々のモラルの低下による現象を招いているに過ぎない。

 その意味で、そろそろ富士山クリーン作戦の戦略を見直し、徹底した「捨てさせない」「元から正す」運動が必要ではないか、美しい自然は私たちのモラルにあり、心の中にあると考えながら栂池公園から帰路の旅についた。
posted by あきしか at 10:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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