2005年09月26日

「政策の革新性」

 十数年前にベルリンの壁が崩れ、東ヨーロッパの社会主義・共産主義の国々が崩壊して、東西の対立の時代が終焉しました。
 それまで日本では、ソ連や中国の社会主義・共産主義の社会を理念とする政党を「革新政党」と呼んでいました。
 一方、アメリカや西ヨーロッパ諸国のように自由主義を理念とする政党を「保守政党」と位置づけていました。

 ところが、ソ連という国家が亡くなり、中国が自由経済化すると、保守とか革新とかの意味は持たなくなり、一件死語のようになってしまいました。
 保守というからには守るべき価値は何か、革新というからには何をどのように変えるのか、明確にする必要があります。

 例えば、今回の総選挙の争点となった「郵政民営化」にすれば、改革しようとしたのが小泉自民党で、改革に反対したのが民主党・社民党・共産党でありました。
 古い体質の自民党の保守派が反対したのは、現体制の維持という点では当然かも知れませんが、本来革新を標榜する野党が改革に反対したことに、今回の自民党の大勝があったのではないでしょうか。
 どうも、この保守・革新の色分けは、現体制に対し、守るか変革するかの視点と制度や政策によって改革して行くかの二つの視点があるような気がします。

 少し話題を替えますが、古都・京都は平安の昔から約1,200年以上栄えた都であるばかりでなく、日本の歴史・文化の源泉であり、日本人の心のふるさとでもあります。
 日本のどの都市・どの地域よりも、より日本的で優雅な伝統文化は、外国人の憧れの地でもあり、日本の数少ない国際観光のメッカでもあります。

 しかし、この京都の歴史を守り続けたのは、古い物をまもるという単純な保守的な考え方だけでは、現在の京都を守ることは出来なかったようです。
 京都の人々は、何を守るべきか、何を改善すべきかを良く理解し、心得ていたからこそ守り抜くことが出来たと思うのです。
 極言すれば、保守的な基盤に常に創意工夫を重ねて来たからこそ、京の織物や工芸・和菓子に至るまで、伝統が守られてきたのではないでしょうか。

 あの明治維新が成功したのも、幕府の目を逃れて勤王の獅子をかばい続けた、京の人々の先を見る目があったからではないでしょうか。

 このように、政党が時代という荒波を読み、世論の風を受け、国家社会という船を航海する時、常に変化への決断が要求されます。
 私が大変興味深く思っているのは、日本の革新政党は一貫してマルクス思想を堅持してきましたし、最近では、日本国憲法を守ろうと努力しています。
日本の伝統や文化にも精通し、むしろ政策的には保守的な姿勢を貫いているのです。 

 これに対し、自民党は時代の変化に敏感に反応して、高度経済成長期には革新政党が唱えていた福祉政策などを先取りしたり、時代のニーズや政策に対し柔軟に対応してきたことが、政権を維持した最大の要因ではないでしょうか。

 この意味で、今回の小泉自民党の大勝は、小泉総理のあくなき革新性にあったことを忘れてはならないと思います。
 もし、自民党がこの結果に対し、「守り」に入り、革新性を失った時、国民は厳しい審判を下すことは間違いありません。

秋 鹿  博
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「自民党は本当に勝ったのか」

「小泉劇場」と言われた衆議院の解散総選挙は、自民党の大勝利で終わりました。
今までの常識を破り、執念とも言うべき「郵政民営化」の信念を貫いた、小泉さんの大勝利でした。
 日本の政治を変えるには、まずその政権党である、自民党の体質を改革しなければならないと、誰もが考えましたが、それをこれほどまでに実行した人は他にはいません。

 自民党は小泉さんが総理になるまでは長落傾向にあり、選挙の度ごとに得票を減らしてきました。それは、政策よりもむしろ、派閥や企業献金にまつわる「金と政治」の不祥事が後を絶たなかったからです。

 一口で言えば、「自民党の体質」に国民がへきへきとしていたのです。
小泉さんは、この自民党の体質を変え、長老政治・派閥政治を排除して、清潔な政治・開かれたオープンな政治・わかり易い政治により、国民の人気を一心に集めてきました。

 小泉さんは日本では珍しく、「目的追求型」の首相ではないかと思います。
今までは総理になることが目的で、何のために総理になるのかは二の次で、良くわかりませんでした。
総理になるには自民党国会議員の多くの支持を得なければなりませんから、派閥の長となって、出来る限り政敵をつくらず、他派閥からも協力してもらう「合意形成型」の総理を生み出してきました。

 このようにバブル崩壊前は、外交も内政も「みんなで渡ればこわくない」式でやってきたのです。
そして、経済成長の右肩上がりの時代には、これでなんとかうまくいっていました。

 それは、地上では天候不順の風雨にさらされても、地面の中は微動だにしないというように、政治が多少混乱していても、行政(官僚)がしっかりしていれば、なんとか国は運営されてきたのです。
 各省庁に優秀なキャリアと言われた官僚が政策の立案をし、上位下達で地方に流してきたからです。
 ところが、バブル経済が崩壊し、右肩上がりの時代が終焉すると、今までの惰性で政策を遂行していくことは許されなくなりました。

 一方、少子高齢化現象はいよいよ激しくなり、政治も経済も行き詰まり、社会全体のしくみを変革せざるを得なくなりました。

 それが、年金であり、医療であり、その根っこにあるものは財政危機で、700兆円とも800兆円とも言われている借金地獄からの脱却です。
これは、誰が悪いとか、誰の責任とかの問題ではなく、時代のニーズであり、政治家はもとより国民全体の意識改革が必要なのです。

 とりわけ、このような現状を生み出したのは政治の責任であり、特に政権党であった自民党の責任は重大です。
 民主党がいくら政権交代を叫んでも、まだそれだけの能力や力量が不足していることを国民の大多数が見抜いていたから、もう一度自民党に託そう、いや、小泉さんにやってもらおう、もっと言えば、「今、小泉さんしかいない」というのが実態ではないでしょうか。
 この意味で、自民党は勝利したものの、大きな宿題を背負うことになったのです。

 なぜなら、戦後60年かけて構築してきた現在のシステムを、1年や2年で変えることは困難ですから、短期・中期・長期の改革案を国民の前に明らかにすべきではないでしょうか。
 この時の最大の問題は、小泉さんの総理・総裁の任期があと1年であり、1年では到底仕上げることは出来ないので、道筋をしっかりつけるということ、それを誰が引き継ぐかが最大の課題なのです。

 今回は冒頭に述べたように、自民党が勝ったというよりも、小泉さんが勝ったのですから、今回の大勝利は一時的な現象で、ポスト小泉によっては逆戻りする可能性もなしとしません。

 むしろ、大勝利した自民党はいよいよ正念場で、党の存亡をかけて大改革に邁進しなかった場合は、今度は完全に国民からイエローカードならぬレッドカードを突きつけられることを覚悟しなくてはなりません。
 となると、今回の勝利は予告編のようなもので、この任期中に改革の実績を高く掲げて、次の総選挙で国民の信頼を勝ち得た時、本当の勝利と言えるのではないでしょうか。

                                 秋 鹿  博
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2005年09月15日

「世のため、人のため」

大相撲の秋場所が始まった。今場所の焦点は、横綱朝青龍が6場所連続優勝をするかどうかであり、相撲界は正に「朝青龍時代」である。

 もちろん朝青龍の努力は素晴らしいが、この独走を許した大関陣をはじめ、日本力士のふがいなさには目に余るものがあり、昔からの大相撲ファンは嘆いているばかりか失望もしているようだ。
 そんなに体も大きくない、いや小さい朝青龍がなぜこんなに強いのか、また、なぜ日本力士がこんなに弱いのか、まったく解らない。

 現在外国人力士は、幕内だけでも朝青龍を筆頭に11人も数え、十両以下予備軍が多勢いて、みんな力をつけ頑張っているようだ。

 最初は言葉も通じなく、相撲界のしきたりに慣れず、生活の不自由さに戸惑ったはず、そんな中でコツコツと力を発揮してきているのは一体何だろうと考えさせられる。
 当たっているかどうかは解らないが、私なりに考えてみると、人間とは、どうも自分の幸せ、自分の欲望を満たすだけでは、持続的な意欲やファイトが持てないのではないかと思えてくる。

 例えば、外国人力士の目標は、強くなって「給金や懸賞金」を稼ぎ、祖国や家族の元へ「仕送り」をすることが何よりも喜びであるらしい。
 国際的な通過の事情(円高)も加わって、日本から送金する「金の価値」は想像する以上にすざまじいものとなっているはず。
 想像だが、おおげさに言えば、おそらく朝青龍が送金した金は、モンゴルの国家予算に比べても、決して見劣りするものでなく、国へ帰れば「英雄的存在」であることは間違いない。

 日本人本来の「根性」「精進」「ハングリー精神」は、今やどこかへ行ってしまい、外国人力士に奪われてしまった感がある。

 かつては寒い北海道や東北出身の力士は、初代若乃花や大鵬、北の海、千代の富士などの名横綱を生み、常に上位力士であったし、相撲界ばかりでなく、集団就職で「田舎」から「都会」に出て、「苦しいこと・辛いこと」を経験しながらたくましく成長し、大企業の幹部や中小企業の経営者になって、経済界や地域社会で活躍されている人も多い。

 どうも私たち人間は、物が豊かな時よりも貧しい時の方が「美しく生きられそうだ」。
自分の幸せ、自分の欲望を満たすだけでは、本当の喜びは得られないのではないか。
 祖国や家族など、「人のためになっている」という実感が、次の目標・目的に向かって努力する源泉となるのかもしれない。

 ひょっとすると、外国人力士から、私たち日本人が忘れかけていた「日本の心」を取り戻す良い機会として、教えられているのかも知れない。

 本来「恥の文化」と言われたように、他人のことをいつも気にした日本人が、戦後60年、いつの間にか、人のことより何よりも自分のことを考える、自己中心的な日本人になってしまった。

 もちろん、自分のことを第一に考えるのは当然であり、誰もがこのことを認めている。しかし、同時に自分だけでなく、周りのこと、例えば家族や友人、近所の人のことに気を遣うことも大事ではないか。

 本当の個人主義とは、自分という存在を相手に認めてもらうと共に、相手の個人としての存在を認めることであると思う。

 いつの時代も、「人間は一人では生きられない」。
意識するか、しないかにかかわらず、少しキザかも知れないが、やはり人間は「世のため、人のため」に生きることに生き甲斐を見い出し、そのことに喜びを感じ取るような生き方が出来たら素晴らしいと思う。

 今、私たち日本人は改革・改革と叫ぶ前に、自らの足元をしっかりと見つめ直さなければならないと思う。

                                秋 鹿   博
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2005年09月02日

「日本とアメリカのプロ野球の違い」

 連日アメリカ・大リーグの報道が、テレビから目の中に飛び込んできます。
イチロー選手と松井選手の活躍は私たち日本人、特に野球少年達に、誇りと勇気を与えてくれていると思います。

 このように、大リーグが日本のテレビに取り上げられるようになったのは、何と言っても野茂投手の活躍にあります。
その前に、まったく未知の世界に身を投じた村上投手の存在も忘れてはなりません。
 田口選手も井口選手も良く頑張っていますね。

 今や日本の野球は、その技術面においてはアメリカと並んだと言って良いと思いますが、後は選手一人ひとりの個性とパワーだけのような気がします。
 ところが、アメリカのプロ野球の人気と日本のプロ野球の人気の違いは一体何であろうか、と考えさせられてしまいます。

 アメリカでもプロ野球が低迷し、陰りを見せた時がありました。
 せっかく入場券を買ったのに、選手のストライキで試合が中断することがしばしばあり、経営側と選手側がいがみ合い、混迷している間にバスケットやアメリカンフットボールなど、量も質も多様化しているプロスポーツ界に台頭されて、野球が国民とファンからそっぽを向かれてしまったのです。

 そこで、アメリカのプロ野球界は大改革に取り組んだそうです。
まず、野球場の改築・改造をしました。
危険防止で張られた網を全部取っ払い、グランドと観客席を身近にしました。
選手とファンが同じ目線で交流できるように、一体感を演出しました。

 おそらく日本では、安全だ!危険だ!と言って、こんな思い切ったことは出来ないでしょう。
 いきなりボールが飛んできますから、ファンはプレーから目を離すことは出来ません。
 そこで、観覧席に入ってくるボールがプレゼントされるので、大人も子供もグローブを持って行きます。
 「自分もプレーに参加している」という実感が、アメリカプロ野球の魅力の一つと言えるでしょう。
 楽しむためには危険というリスクも伴い、それは個人の自己管理に任せるという考え方です。

 しかも、アメリカの球場は1つとして同じようなものはなく、そのデザイン、アイディンティティは実に個性的で、そのフランチャイズの町の特色を遺憾なく発揮して、野球だけでなく、アメニティ(遊び心)をふんだんに盛り込まれているのです。
 また、本来のアウトドア(野外)の原点に帰るため、極力人工芝は無くして、自然芝に替えていくとか、ドームではなく天開型にして行くとか、日本はこの流れに逆行しているようです。

 野球整備がハード施策とすれば、システムはソフト施策ということになりますが、これも工夫され改善されたようです。
 まず、特定の有名な選手にありがちな年俸の上限を決めて、行き過ぎた給料を抑制しているとのこと、さらにビックリしたのは、何と日本の政治で変革しようとしている地方交付税(赤字の市や町に多く配分する制度)のように、黒字の球団から赤字の球団へ助成する制度を採用していることです。

 このように、あのアメリカでも何でも競争、競争では、長い目でみると弊害を残し、全体として、プロ野球の発展を阻害すると考えているのです。
 自由競争を放置すれば、ただ強いチームと弱いチーム、観客動員力のあるチームとそうでないチームの開き、格差が出てしまうことを予想して、出来る限り緊張感のあるバランスを常に考えているというのです。
 アメリカのプロ野球の人気の秘訣は、この経営者と選手会、そして何よりもファン(国民)の三者が一体となって取り組み、協力し合っている姿であり、これが成功の源となっているのです。

 日本のプロ野球界においてもすったもんだの末、パ・リーグに楽天という新チームが参入し、ロッテの快進撃で大いに盛り上がっています。
 これに比べ、セ・リーグは阪神・中日は頑張っているものの、巨人の低迷ぶりは目を覆うものがあり、プロ野球全体の足引っ張っているというのが実態です。
 これは、目先の損得ばかりを考え、年俸で有名選手を買いあさった結果であり、当然の報いだとお思います。

 アメリカのプロ野球の改革には、まずポリシー(理念)があって、その次にその理想に近づける方針があるのです。
 この理念と方針によって、5年後、いや10年後の目標を定め、それを具現化する施策があるのです。

 アメリカのこの改革を参考にして、日本のプロ野球界においても、ドラフト制度一つ取っても球団の利害だけでなく、将来大選手となる可能性のある金の卵を日本野球界の人財として育てるような長期的な視野に立って、思い切った改革案をファンの前に明らかにして欲しいものです。
 
 巨人の監督に誰がなるかという低次元の発想からそろそろ脱却して、「ファンあってのプロ野球である」ことを肝に命じて頂きたいと、野球をこよなく愛する一人として願ってやみません。

                               あきしか  博
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2005年08月29日

恩師逝く「白鳥蘆花(ろか)に入る」

またひとり、大事なひとを失ってしまいました。
お会いしてからもう40年近くなるでしょうか。
わたしの恩師である、西ヶ谷悟先生という方です。

 お盆明けの17日、静岡市のセレモニーホール静岡で、先生の告別式がしめやかに行われました。
 ご親戚はもちろん、先生と親交のあった方々が多数参集し、先生を悲しみの中で見送りました。

 まだ私が23〜24才の頃、青年団の研修会の講師としてご指導を受けて以来、政治・社会・経済などのあらゆる分野の識者として薫陶を頂きましたが、最も影響を受け、しかも他の先生方では代わりが出来ないほど先駆けていた、社会教育・コミュニティづくりの分野は、先生の独壇場と言っても言い過ぎではありませんでした。

 当時の公民館の運営テキスト・コミュニティづくりのマニュアルなど、静岡県の生涯学習・社会教育・青少年教育の指導書は、ほとんどと言っても良いほど、西ヶ谷先生の書かれたものだったのでした。

 その意味で、先生の果たした役割りと業績は、その道の人なら誰でも知っています。
特に、先生は長い間、全国津々浦々に講演に歩いていましたので、遠方からの弔電や供物が多く、生前の活躍が偲ばれました。

 私は、奥様から払いの膳での献杯の発声を頼まれ、一言言って欲しいと言われましたので、次のようなあいさつをし、先生の御霊の安られんことをお祈りしました。

 「私は只今ご紹介を頂きました秋鹿と申します。私は、先生の数多い弟子の一人で、私たちにとって、師と仰ぐ西ヶ谷先生との別れは、痛恨の極みであり、誠に残念でなりません。先生は、『生きた広辞苑』とでも言いますか、本当に色んなことを知っている、知識の宝庫のような方でした。私も困ったことや壁にぶち当たった時は、静岡の曲金の家を訪ねて、一時間くらい先生と話をしていると、ハッとヒントを得て、目先が明るくなるような経験を、何度もしております。これからは、私たちが先生の精神を受け継いで、頑張って行かなければならないと、責任を感じております。
 それでは、西ヶ谷先生のご冥福をお祈りしてここに献杯をいたします。」

 私にとりまして、西ヶ谷先生から人生の指針やリーダーとしてのあり方など、数え切れないほど、多くの「言葉」を教わりました。
 
 その中で特に私の生き方に影響を与えた言葉は、「白鳥蘆花に入る」というものです。
 白い水鳥が、白い花の咲く水草の中に入って行くと、姿が見えなくなりますが、よく見ると水草がざわざわと動いている。
 中国の古代の人々は、これをリーダー(指揮者)の理想的な姿として、この言葉を大切にしているそうです。
 つまり、真のリーダーは号令をかけたり、高い所にいるのではなく、大衆の中にあって姿は見えない。しかし、その人の思想や生き方は広く静かに広がって、多くの人に影響を与えるものだと言うものです。

 生涯学習が叫ばれてから、伴すると社会教育が忘れられがちですが、家庭教育・学校教育と並んで、この社会教育の充実なくして生涯学習の進展はないもの、と思っております。
 学校には卒業式がありますが、社会教育には卒業はなく、終わりはないのです。
先生は、「昔、勉強をした」という過去形ではダメで、「今、勉強している」という現在進行形でなくてはならない、とよく言っておられました。

 私は、西ヶ谷先生の足元にも及びませんが、「社会教育研究家」を自負しております。
西ヶ谷先生からバトンをしっかり受け継いで、今後も精進して行くつもりです。
 
 先生のご冥福を心よりお祈り致します。

              秋 鹿  博
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2005年08月23日

「たくましい子供は自然が好き」〜ボーイスカウトのファミリーキャンプ〜

 5年後の2010年に、ボーイスカウトの祭典である日本ジャンボリーが、朝霧高原で35年ぶりに開催することが決定しています。
 さらに翌年の2011年に、世界ジャンボリーが出来るか否かは、9月の世界ボーイスカウト会議で決まる予定です。

ボーイスカウトの特徴と良さを簡単に説明すると、
◎自分のことは自分ですること(自己責任)
◎みんなと仲良く、楽しく遊ぶこと(快活・友愛)
◎大自然のルールと知恵に学ぶこと(自然体験)
◎地域のために奉仕すること(ボランティア)
の心を育てるということになります。
 
 ただ残念なことに、子ども達を取り巻く、社会的・家庭的な環境が大きく変化して、ボーイスカウト組織の運営が難しい時代を迎えています。

 『自由』の意味を間違えてしまい、自己中心的な人たちが多くなってしまうと、集団やグループに所属するのが面倒と思いがちです。
 また、親達が子ども時代に、子供会やボーイスカウト等の団体活動を経験してないと、子ども達の加入への理解も薄れる傾向があります。

 しかし、意識するかしないかは別として、人間は社会をつくって生きているので、集団(グループ)と個人との関わり合いを抜きには生きてはいけません。

 どんなに時代が変わろうと、人と人の絆こそが大切であり、どんな立派な人でも、人間は一人では生きられないはずです。

 ボーイスカウトのような団体は、現在のような、人間関係が希薄な時代になればなるほど、本当に必要だと思いますが、これも押しつけにならないよう、『個』を大切にしながらそれぞれの『個』の集まった『集団』を、指導者が気をつける配慮が、今の時代には特に必要なのかな、と思います。

 今、私は同志の皆さんとボーイスカウトを再編しようと取り組んでいます。
富士宮市の市街地(浅間大社を中心にして)に、一つの団を結成しようとしています。

 先だって、朝霧のふもとっぱらで、1泊2日でボーイスカウト体験入隊、親と子のファミリーキャンプを行いました。

 12名の子供達と18人の大人(父母とスタッフ)で、うたとゲーム・キャンプファイヤー・紙鉄砲の工作・昔のあそび・そば打ち体験等、楽しいひとときを過ごしました。

 初めての子供達で心配していましたが、どうしてどうして、すぐに友達になり、リーダーの指導のもと、みんな良く頑張ってくれました。

 その日は、本当に有意義で楽しい一日でした。
秋 鹿  博
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2005年07月22日

「終戦記念日に思う」〜過去からの新しい出発〜

今年も本格的な夏がやって来ました。
毎年盛夏の8月15日の終戦記念日を迎えると、様々な事を考えさせられます。
特に今年は、戦後60年という大きな節目の年、そして、小泉総理の靖国神社参拝問題で、中国や韓国と外交上ギクシャクしている現状を考え合わせると、何か将来に対して不安を感じているのは私だけではないと思います。
今、私は靖国神社でと言いましたが、本当は歴史認識や領土問題が根底にあり、経済問題が背景にあって、日本を揺さぶる戦略として、靖国問題を反日運動の手段としているという見方もあります。

 いずれにせよ、日本は戦後60年、平和憲法の下で復興と繁栄を成し遂げ、自他共に「経済大国」と認められ世界有数の国になり、ODA(海外経済協力基金)の額においては、バブル経済崩壊後も常に世界各国でトップクラスの拠出をしていることは周知の通りです。
 しかし、いつも疑問に思っているのは、これだけ国際社会に貢献している割りには、日本への「評価や信頼」が決して高くないのはどうしてだろうか、と考えさせられます。
今回の国連常任理事国入りの問題でも、最近では一番の同盟国と思っていたアメリカにも反対を表明され、苦境に立たされています。
日本は決して「孤立」しているとは思いませんが、「理解」されていないのではないでしょうか。
結論を先に言えば、日本外交は「説明責任」を果たしていないということになります。
常任理事国の問題にしても、何の為に常任理事国を目指すのか、そのメッセージが伝わってきません。
これは近隣諸国との関係についても同じことが言えると思います。

 少し歴史を振り返ってみますと、第二次世界大戦の後、アメリカは「マーシャルプラン」を発表しました。
それまでは欧米列強が、アジアやアフリカなどの発展途上国や未開の国を武力によって支配し、搾取する植民地政策を取ってきました。
これによって貧しい国の人々は苦しんできましたが、このマーシャルプランは、「豊かな国は貧しい国を援助しなければならない。そして、民主主義を定着させ、世界平和を希求して行かなければならない。」というもので、アメリカの壮大で格調高い理念が示され、この精神が今日の「ODA」を生むキッカケとなったのです。
日本もこのマーシャルプランによって経済援助を受け、新しい国づくりで復興を成し遂げました。
敗戦という未曽有な不幸を経験しましたが、当時のアメリカに助けられた事は事実です。

今のアメリカには、このような世界の人々を唸らせる壮大な発想はありませんし、自国の利益を追い求めているとしか思えません。

 さて、本題に戻りますと、今、日本は自国をアピールする最大のチャンスにあるのではないでしょうか。
アメリカには出来ないことで日本に出来ることがあるはずです。

 それは唯一原爆を経験した日本から「戦争を止め、人類はみな家族であり、地球の生態系を取り戻そう!」と訴えることです。そして「地球環境宣言」を行い、京都議定書の実現を目指すのです。

その為に日本は世界に誇る「環境先端技術」を提供します。
常任理事国として、「自国の利害ではなく地球を救う」目的を達成するための国連改革を行います。

日本の常任理事国入りは、「今、自国の利害に囚われている時ではない!このまま地球環境が悪化すれば、国の存在どころか人類の破滅に繋がって行くことは必須である」と、全世界の人々にアピールしてはどうでしょうか。

 日本は戦後60年、唯一の被爆国として核兵器の廃絶と世界平和を訴えてきました。
また、自動車産業はじめ、あらゆる先端技術は今や日本の文化そのものであり、特に環境問題に対する研究開発は世界一と折り紙付きです。

 時代を担う子供達が、過去の歴史の負の部分を背負うのではなく、新時代・新未来への日本人としての誇りを持ち、夢とロマンを失わない生き方をして欲しいと思うのです。
そして、この意味で60回目の終戦記念日を日本人として新たなスタートの記念の日として、大切にしたいと願ってやみません。

                                 秋 鹿  博

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2005年07月06日

美しい自然は私たちの心の中にある

 先日、トレッキングの仲間の皆さんと北アルプスの白馬岳の麓、「栂池自然園」を訪れた。

 早朝5時に出発し、約5時間バスに揺られて、と聞いた時は正直余り気が進まなかった。

 ところが、梅雨の晴れ間とでも言うのでしょうか、天候に恵まれた上に、高原の遅い春と初夏が一緒になって、山桜と水芭蕉をはじめ、色とりどりの草花が競うように咲き乱れ、天国か極楽浄土へでも来たような美しさに、ただただ感動し、バスの疲れも吹き飛んでしまった。

 この信州小谷村は、長野県の最北端で山を越せば新潟県糸魚川市で、正に秘境の地である。
 人口4千人の小さな村ではあるが、北アルプスの雄大な自然とロケーションをフルに生かしたスポーツリゾート地として名高い。
 冬はスキーで賑わい、春・夏・秋は山岳レジャーと源泉の宝庫として一年を通して観光客が絶えない。
 しかし、最近はスキー客の減少から、むしろ女性や中高年の自然散策やトレッキング客の宣伝に力を入れているそうだ。
 私達が訪れたのも日曜日だった為、ハイカーやウォーカーなど観光客でいっぱいだった。

 何と言っても栂池高原の魅力は、登山駅からゴンドラで約30分、そしてロープウェイに乗り換えて約10分と、車はシャットアウト。
 お花畑のある自然園には他のルートの選択はなく、不便と言えばこの上ない。
 今日の土木技術からすれば、簡単に出来るはずの道路を造らず、この自然を守る姿勢が今日の成功をもたらしたことは間違いない。
 そして、村は振興公社を組織して、レンジャーやインストラクター・学芸員などの森林・自然専門家と村民のボランティアによる知恵と工夫で栂池高原を管理している。

 私は早速、管理事務所を尋ねて、高原を維持するための苦労話をお伺いした。
登山者や観光客のモラルは良いが、少しでも努力を怠れば荒れてしまう。
 
 それは、大自然には「おきて」があり、その猛威との戦いは想像に絶する。
一度人が山に入ったら、最後まで人為力な努力をしなければならないと言っていた。
私は話を聞きながら、富士山の現状と比較しながら心を新たにしていた。

 富士山は余りにも恵まれ、便利になり過ぎている。不便や苦労をしなければ自然の尊さも価値も解らないのではないか。
 栂池公園は、「栂池の自然を愛し、大切にする」ことを理解して来場してもらうために努力し取り組んでいるから、理解した人たちで賑わうのだ。

 私は観光協会のキャッチフレーズを、「富士山のある町」から「富士山を仰ぐ町」にしようと提唱した。

 霊峰富士を聖地として仰ぎ、富士山の懐に抱かれ、四季の自然に癒しの心をもって親しむ人が多ければ、「富士山はゴミの山」と酷評されることもなくなり、世界遺産に登録されることは必然であると考えたからだ。

 なぜなら富士山は日本人の心のふるさとであり、世界の人々の憧れの山であり、すでに世界遺産の資格も実力もある。
 たまたま心ない人々のモラルの低下による現象を招いているに過ぎない。

 その意味で、そろそろ富士山クリーン作戦の戦略を見直し、徹底した「捨てさせない」「元から正す」運動が必要ではないか、美しい自然は私たちのモラルにあり、心の中にあると考えながら栂池公園から帰路の旅についた。
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2005年06月09日

道具とは使うもの

 私たち子供の頃は、鉛筆を削る為、みんな筆入れ箱にナイフが入っていました。
私もヒモの付いたスポーツマンナイフを愛用していて、ズボンのベルトから下げていました。もちろん学校へも持って行きましたし、先生から特別の注意も受けませんでした。

 何に使ったかって?それは、色んな使い方がありましたね。
鉛筆削りなんか、お茶のこ采々。紙やヒモを切ったり、工作に欠かせない小道具で、本当に便利でした。
山や野原に行くと、チャンバラごっこの木の枝を取ってきたり、竹を取ってきては竹とんぼづくり。ドンドン焼きの時は、だんごをさす三つ又の棒を削ったりしました。
川へ行くと、魚を釣っては腹をさき焼いて食べたりで、毎日がボーイスカウトの様な生活ぶりでした。

 少なくともこのナイフをケンカに使ったり、人を傷つけたりすることに使う等は考えたこともありませんでした。
ナイフはあくまでもナイフという道具として使うことは当然で、道具は使って初めて生かされるのです。人間が創造して創り出したものは、使う方が責任を持つのは当たり前ですよね。

 ところで、最近の学校では「危ない物は持たせない」「持ち込ませない」そうですね。子供達に危険なもの、危害を与えそうな物はできるだけ排除して、安全を守っているそうです。今の社会情勢を考えるとしかたがない一面もあると思います。
 ただ、果たして本当にこれで良いのでしょうか。
 自らの判断と責任で自分を守ることは、子供達が小学生から中学生に成長する過程の中で身につけないと、大人になってからでは身に付かないと思うのです。
学校が社会の縮図ととらえるならば、家庭や地域社会などで、少しずつ道具の使い方を正しく教える機会をつくる事も大切なのではないでしょうか。

 ナイフの使い方も、安全な使い方と危ない使い方を区別する知恵と工夫が必要です。
そうでないと、みんなマニュアルがないと何も出来ない人間になってしまうのではないでしょうか。

 人間の体も全く無菌ではなく、ばい菌が入ってきてもそれと戦い、打ち勝つ免疫状態が健康体を保っているのですね。
ですから、多少のキズや打撲位は経験して、「あぁ、これはこの程度で治るんだー」と、経験を積むことも大切なのではと考えます。
そして、アクシデントに遭遇した時、どうしたら良いか自分で判断することをしっかりと教え、「自分のことは自分でする」ことをしっかり身に付けないと、大人になってから困ると思います。

 いずれにしても、子供達が少しのことではへこたれない「たくましい青少年」になってほしいのです。その為には、「道具に使われるのではなく、道具は使うもの!」と、大人がもっとしっかりして見本を示さなくてはなりません。

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2005年05月16日

少しは面白くなってきたプロ野球

 たかが野球、されど野球。
"雨降って地固まる"という言葉がありますね。
アクシデントはあっても、結果としてまぁまぁ丸くおさまった時に使うようです。

 今年のプロ野球もこれに近いような現象が起きているように思います。
オリックスと近鉄というライバルが合併して、一リーグ制だ、二リーグ制だ、とゴタゴタし、あげくの果てにはヤクルトの古田捕手が会長を務める選手会が、試合をボイコットするストまで実行して、大騒ぎとなりました。

 こんな中で、ホリエモンの率いる'ライブドア'と、'楽天'が新チーム参入に名乗りを上げ、さんざんマスコミを賑わせ、結果として楽天に軍配があがって一件落着。
その'楽天'人気はあるものの、予想通り実力は今いちで、成績はすでに8勝33敗。しかし、どう考えても今年は力不足でもしょうがないですね。

 これに対し、恥ずかしいのは巨人です。
あれだけ年俸の高い選手を抱えながら、楽天と同じ最下位を低迷して、よほどの奇跡、ピッチャーの救世主でも現れない限り、今年の優勝は無理だろうと、もうネット裏の評論家はささやいているとか・・・。

 ところが、オーナー会と選手会との交渉の過程で生まれた申し子のような「交流試合」が、ここへ来て盛り上がっていますね。
幸いというか、ラッキーというか、たまたまというか、この交流試合で巨人の成績が少しづつではあるけれど、キッカケを掴んだようです。

 私は堀内監督が辞めない限りダメだと思っていましたが、最近は強情を張らず、やっとかたくなな心を入れ替えた(?)かに見えます。
今までは、最初のスターティングメンバーを馬鹿の一つのように絶対替えなかった。
ほとんど打てないと思われるキャプ(外野手)をかたくなに替えないで、チャンスをつぶしてきました。
その逆で、好調の投手を途中で替えて、勝っていた試合を何度失敗したことか・・・。
これによって、なんぼ人の良い巨人ファンも呆れて、球場へ行く回数が少なくなってしまったのです。当然のことですよね。

 巨人ファンなら待ちに待っていた、清水外野手を起用したらどうでしょうか。
急に巨人の一、二番コンビに機動力がついたようになったではありませんか。

 過去の巨人の9連覇も、王・長島の大選手だけでなく、柴田・土井・高田といった足が速く、小細工のきくいぶし銀のような名選手がいたからこそ、ドカーンといった一発が効いたのですね。

 ホームランの魅力は確かに魅力ではありますが、ともすれば大味になって、きめ細かなプレーがだんだん影をひそめてしまうようです。
小兵ながら、バンドやヒット・エンド・ランや盗塁によって相手のチームの守りをかき乱す魅力も野球という競技の面白さではないでしょうか。

 この機動力に優れているチームが、セ・リーグでは中日であり阪神なのです。
おそらく今年のセ・リーグのペナントレースは、この二チームを中心に展開することは間違いないでしょう。

 評論家のようなことを言ってすみません。
 でも、やっぱり野球って面白いですよね。

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