2005年05月10日

映画っていいな〜

 またまた映画鑑賞の感想です。
 今回は、「コーラス」という映画。2005年度アカデミー賞2部門(外国語映画賞・主題歌賞)、ゴールデン・グローブ賞、セザール賞8部門にノミネートされた感動作で、今回も「映画っていいな〜」と嬉しく思いました。

 まず、このストーリーですが、1949年(第二次世界大戦が終わって間もない頃)
フランスの片田舎、貧しい親元を離れて寄宿学校で暮らす子供達。
 誰も会いに来てくれない面会日、帰る家のない夏休み。そんなある日、1人の音楽の先生がやって来た。
 先生は、寂しさをいたずらで紛らわす彼らを、叱るかわりに歌を教え、歌うことで希望と笑い声を取り戻す子供達。
 その中に、"奇跡の歌声を持つ少年"ピエールがいた。
 彼こそ、学校一の問題児だったが・・・。

 物語は、この主役ピエールと先生を中心に展開していく。
 傷つき易い思春期の少年の微妙な変化と、歌うことによって、主人公のピエールとその収容されている少年達の「心の発達」を見事に描き出している。

 「先生、僕たちの歌声はママに届くかな・・・。」

 たった一つの願いを歌に込め、心を一つにして歌うコーラス・・・。
 この子供達の純粋な歌声がフランス中のハートを掴んだのです。

 そして、何と言ってもこの作品の魅力は、主演のピエール役の13才のジャン=バティスト・モニエ少年。
 「フランスに降臨した天使」とも言われる柔らかな金髪と水色の瞳。
 そして、「神様から授けられた」というボーイソプラノの美しさは、観る者・聴く者を陶酔の世界に導いてくれる。

 実はモニエ少年は、実在するサン・マルク少年少女合唱団に所属しており、その歌声は「この映画の成功は、彼の声に支えられていると思う」と、監督も認める"本物"。
 
 私が最も感動したのは、この本物の「音楽」というものが、こうも少年達の心を捉えて離さないことを描いた部分でした。

 そして驚いたのは、この名作、とびっきりの感動作を、フランス人の7人に1人の人が観たということ。2004年のフランス動員記録の第一位で、870万人がこの映画を観るために映画館に足を運んだそうです。

 良い作品がまずありきなのですが、良い作品を評価する目があって、より多くの配給が生まれ、海を越えて、はるか日本の観客の目に触れることができます。

 ひとのこころを打つ作品は、偶然生まれるものではなく、映画の質は映画ファンの質に比例するのではないでしょうか。また、国や企業などの文化的な支援環境が整っていませんと、より多くの映画ファンの質を育てることは難しいと思われます。

 邦画の現実を考えると、この底辺の広さ、国や企業などの文化的な支援環境や、映画ファンの質こそ、良い映画を生み出す基本であると思わざるを得ないのですが。

 そして良質な作品は、良質な原作・良質な脚本・良質な演出・良質な演技がもちろん必要ですが、その製作者の表現したいという気持ち、ほとばしる情熱が奇跡を生み出すのだと思うのです。

 その情熱をどう表現していくか、生みの苦しみの努力の積み重ねが映画祭で認められ、多くの人々に鑑賞してもらえることが、制作に携わった人々の夢でしょうね。
 また、次の奇跡を生む挑戦に、芸術家の皆さんをかり立てるのではないしょうか。

 それにしてもあらためて、「映画っていいな〜」。
 心を豊かにしてくれます。
 
「コーラス」オフィシャルサイト
http://www.herald.co.jp/official/chorus/

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2005年05月02日

私の趣味・・・それは映画

 私は青年の頃から、青年団やボーイスカウト、子供会、そして、消防団と社会奉仕に明け暮れていました。
 家も余裕がなかったので、お金のかかる趣味は持てませんでした。
 ですから、今でもゴルフもマージャンもパチンコも出来ない、付き合いの悪い半端者です。

 その半面、スポーツ・読書をはじめ、音楽・演劇・落語・芸能の観劇・鑑賞など、アート系の趣味には広く興味があります。
 まあ「下手なヨコ好き」「好奇心のかたまり」で、何でもちょっかいを出す方なのです。

 その中でも、映画鑑賞が私の生活の一部になっています。
 たまたま私の友人で、静岡市の由緒あるお寺の住職がおりまして、何と、このお寺でサールナートホールという文化施設を持っていて、彼が館長も兼ねています。
 http://sarnath.co.jp/gaiyou.html

 静岡の地に、東京の文化の輸入ではない"オリジナルな文化を芽生えさせる場にしたい"、 最近の世の中、ナゼか生きているコトに真剣味がない風潮から"生命を感ずる場"を提供したい、と二つの理想を抱いて建設したそうです。

 演劇・落語・コンサート・講演など、約300席のホールがあり、その他に研修室や茶室があり、一番のメインは映画館が2ホールあって、毎日4本の名作を上映しています。
 私はそこの会員であり、モニターのような役割をしていて、時々館長に感想を述べたり、僭越ながら提言をさせていただいたりしています。

 そもそも、私の映画好きは子供の頃にさかのぼります。その当時、週2〜3本は映画を映画館で観ていたものでした。
 お金のない子供時代でしたのにナゼでしょう。
 その種あかしは、実は家業が看板屋で、親父が映画館の看板(似顔絵)を描いていたので、2館はタダで入れたのです。

 当時、映画は全盛の時代で、富士宮にはナント7館(各映画会社の配給館と洋画専門館が1館)もの映画館がありまして、正に娯楽の王様でした。
 今思うと、当時の方が文化的な環境が整っていたように思います。

 残念ですが現在は1館もありません。
 将来は、サールナートホールに協力していただいて、富士宮で映画が上映出来るようにしたいと思っています。
 今のこどもたちに、自分が体験できた、文化的な環境を整えるお手伝いができればなと。

 話を戻しますが、サールナートホールでは、一般の映画館とは異なった視点、前述の二つの理想に基づき、厳選した作品を上映します。
 アカデミー受賞作品などの世界の名画、成長著しいアジア映画、時には日本映画でも懐かしの名作などなど。
 特に、子供や動物が主役の感動作は、私の心を掴んで離しません。

 人間とはこんなに美しく、たくましく生きることが出来る、たとえ現実では難しいかも知れないけれど・・・。
 人の心の清らかさ、美しさ、そして大らかさ、その時代と共に生きた生きざまや自然との語らいと安らぎ・・・。
 今まで、どれだけ映画に涙し、感動し、励まされたか知れません。

 実は、このサールナートの質の高い映画鑑賞を継続出来る、その支えは約3,000人の会員の方々です。
 年間の会費を支払い、そして1回1,000円で良い映画が観られる、趣旨を理解した方々が広がれば広がるほど、私たちにより良い作品を観せてくれるのです。

 これは、富士山に例えると、高さと裾野の広さが示しているように、質が高ければ高いほど、それを支える土台・基礎の広さ、強さが必要なのだと思います。

 日本映画が一部の演出家やスターを除き低調なのは、売れるモノばかりを発信する側、売れたモノばかりを求める側の環境によって、良い映画を育てる日本人の意識が低くなつてしまっているのではと、考えてしまいます。

 「冬のソナタ」が当たれば、次から次へとその情報ばかり、マスコミや流行に踊らされていまっているのでは。流行っているからではなく、良質なモノを求める気持ちを忘れずにいてほしいのです。また、その良質なモノをはぐくむ気持ちを忘れずにいてほしいのです。

 邦画にだって、監督や製作者が良い映画をつくったら、それをみんなで支える土壌があれば、それに次ぐ人が必ず現れることを私は信じたい。いや、信じています。

 20世紀最大の進歩は映像の世界と言われていますね。
21世紀はますます情報発進と量と質が問われる時代になり、複雑になるのでは・・。
 
 しかし、その選択は選ぶ側の私達にあることを、決して忘れてはならないと思います。
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2005年04月21日

政治家の魅力

 アメリカの国民が尊敬している人物の中に、政治家の名前を挙げる人が多いと聞きます。
 建国時代では、ワシントンやリンカーン大統領、戦後ではアイゼンハワーやケネディ大統領など、歴代の大統領はアメリカ国民だけでなく、全世界の人々から尊敬され親しまれてきました。

 特に、イギリスや日本のような王室や皇室のないアメリカ国民にとっては、大統領はただ単に政治の最高責任者と言うだけでなく、国民共通の崇敬と憧れを心の中に抱く元首的な対象としての存在であると言っても良いと思います。

 さて、日本ではこの大統領に匹敵し比較されるのが内閣総理大臣であり、別の言い方をすれば首相であります。

 先述した「尊敬する人」として、日本国民が歴代首相や時代の節目で活躍した政治家を挙げる人が少ないのは何故でしょうか。

 私は一概には言えませんが、その理由として次の三点が考えられると思いますが、いかがでしょうか。
 アメリカの建国から歴史を見れば、多民族国家の宿命とでも言いましょうか、常に国家のあり方を巡って、テロや暗殺の危険にさらされてきました。だからこそ、政治家は高い理想を掲げて、勇気と正義を貫ぬかなければなりませんでした。
 しかも、時代の節目や混乱期であればあるほど、大統領のリーダーシップが要求されます。

 この国家の危機を「命を賭けて守る」その姿に思想の違いはあったとしても、心を打たないなずはありません。
 しかも、直接の選挙によって、国民が選んだ大統領にしか与えられない、強大な権限を有していることも忘れてはなりません。

 さらに、一期四年、長くても二期八年と規定されているため、政権が安定し、選挙目当ての党利党略は通用しません。
 議員内閣制である日本の政治システムとの根本的な違いがあります。

 次に、政治家個人の質と品性の問題であります。
少なくとも高い理想と理念を掲げ、高潔な倫理観と品格を有していなければ政治家としてふさわしくないのは当然です。

 やはり、政治家の魅力は現実を見据えて「将来の夢とロマン」を語り、「国のあり方と国民の幸せ」を願い、その実現の為の「具体的なビジョン」を持っているかどうかではないでしょうか。
 そして、困難を乗り越えて、それを「実行する」ことではないでしょうか。

 しかし、反面これだけマスコミが発達し、政治家個人のプライバシーや過去を興味本位に公表するようになると、誰でも完璧な人はいませんので、負の部分のみが強調され、優れた実績も栄光も影を落としてしまうのです。

 もちろん、個人としての人間性は尊重されるべきですが、何よりも国家・国民の為に体を張って真剣に取り組んだ汗と涙の結晶とも言うべき、「成果と実績」こそ高く評価されなければならないのではないでしょうか。

 少なくとも若者達が政治に関心を持ち、政治家を尊敬する社会を築かなければ、後に継ぐリーダーは生まれてきません。

 民主主義とは、良い社会をみんなで創ることにあります。
政治家に求めることも否定はしませんが、それ以上に政治家を育てることを忘れてはならないと思うのです。

秋 鹿  博
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2005年04月20日

感動する心をそだてよう

 先日、久しぶりにワクワクするような感動的な映画を見ました。
題名は、「ベルリンフィルと子供たち」と言います。

 内容は、世界最高のオーケストラが演奏するバレエ「春の祭典」を、まったくの素人であるベルリンの子供たち250人が、そのバレエを踊るための猛練習、スポーツで言えば特訓を受け、苦悩と喜びによって成長していくプロセスをドキュメンタリータッチで追っていく感動作品でした。
そして、2003年1月、真冬のベルリン・アリーナで堂々とひと晩限りの舞台に立ち、大喝采を受けたのです。

 よく名優も、「子供と動物にはかなわない」と言いますが、本当にそうですね。
一人ひとり個性のある子供達を一つの目標に向かってやる気にさせ、心を一つに合わせることは並大抵のことではありません。

 このベルリン・フィルハーモニーを率いるサイモンラドル氏は、「教育プロジェクト」を発足して、子供達に音楽とバレエを通じて人間の無限の可能性に挑戦することの意味を理屈ではなく、体験によって知ってほしいと「ダンス・プロジェクト」を始動させたのです。

 それまでクラッシックに縁もなく、練習に身に入らなかった子供が、振付け師ロイストン・マルドゥーム氏の熱い指導によって、みるみるうちに変わっていく姿は、まるで
魔術師を見るようでした。
 日本の子供達が一部ではあるけれど、最近何かおかしくなっていることを思うと、このような映画を是非とも見てもらいたいなーと強く思った次第です。

 美しいものに感動する心、人と人の心を一つにすることの素晴らしさ、そして、自分のことはもちろん大切にして欲しいと思いますが、人の役に立つことに喜びを感じられるような感性を身につけて欲しいと、願わずにはいられませんでした。
 そのような機会を沢山つくりたいですね。
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2005年04月18日

小さな自治システム「地球大家族構想」

 公共事業の見直しが叫ばれて久しいが、これは公共事業のすべてが悪いのではなく、財政が厳しくなったため、今まで余り議論されてこなかった「投資効果や維持管理」等の成果やコストを考えるようになったのであって、民間では当たり前のことである。

 行革も同じであり、税収が減り、事業が少なくなっているのだから、今までの惰性では許されなくなっている。予算の中で経常的経費の占める割合が高くなり、特に人件費の比率が財政を圧迫している。

 この行政改革が叫ばれると、いつものパターンで出先機関の見直しから始まるのが不思議でならない。何故なら、出先は市民生活に直結している部分で、違う言い方をすれば現場である。これを「末端」と考えるか、「先端」と考えるかによって、180度対応が違ってくると思う。

 出先を減らす不便(デメリット)と効果(メリット)を考えればデメリットが多くて、得策とは言えない。むしろ、出先を充実して本庁の職員を計画的に減らす方が、血と心の通った「徳策」と考えるがどうだろうか。

 視点を変えると、高齢化社会になって退職者のボランティアなど自治意識の高い市民社会が形成されつつある。
 自治会によっては、青少年問題から民生や環境問題、最近では防災・防犯に至るまで、多種・多様な活動を実にうまくこなしている。
 これは、そこの住民が中心であるから、すべての問題を同時に取り組み解決することが出来る。

これに対し、行政はたて割りの為、その役人の立場でしか話さず、住民の気持ちは二の次になってしまう。

 今、一番大切なのは、地域住民が運命共同体として、かつての「向う三軒両隣り」のような地域の帰属意識を持った新しい自治システムが求められている。
 たとえ市町村合併が進んでも、「大きいことはいいことだ」ではなく、むしろ小さな顔の見える直接民主主義的な組織づくりである。

 これが私の提唱している小学校区を単位とした(地域によってはそれ以下の方が良い)「地域大家族構想」である。
 理想的には、小学校の一角に公民館を兼ねた地域コミュニティセンターがあり、地域福祉・地域防災などの機能が備わった拠点があることが望ましい。
 しかし、新しく建設する必要はなく、現在の建物(空教室や区民館など)を利活用すれば良い。
 この地域コミュニティセンターをNPO法人化して、住民の数などで計算された市よりの交付金によって運営する。
 このようなシステムを構築した上で、市議会議員の役割と定数を見直すというならばわかる。

 いずれにせよ、納税者の立場と、そこに住む市民が主体である、行財政改革でなければならないと思う。

                                  秋鹿 博
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2005年04月16日

中国の反日デモに思う

 毎日報道される反日デモに心を痛めている日本国民は多いと思います。
本当に困ったものですね。
 また、なぜ今、反日運動が表面化したのかも良く解らないですね。
 特に、中国は三年後のオリンピックを控えて、自他共に世界の一流国としての地位を不動なものにしようとしている時、今回の反日デモは世界の人々から見て決してプラスにならないと思うのですが、どうでしょうか。

 中国や北朝鮮では、政治体制の違いから報道の自由・言論の自由が制限されている為、一般国民の判断する材料は、政府の見解や報道によるといっても良いのではないかと思います。

 長い間、中国政府は愛国教育・歴史教育と言って、反日教育を植え付けてきたように思われます。その中には、私たち日本人ではその場にいられないほど過激な資料や説明で、反日教育を繰り返していたようです。

 これに対し、日本では出来るだけ先の戦争(日中戦争から太平洋戦争)は、一日も早く忘れたいような思いで避けてきた感がありますね。
 中国や朝鮮の人たちの意見に、耳を傾けて間違っていれば反論するといった姿勢を取らず、黙って我慢していました。

 そして、それと引き替えにに、経済援助でその場をしのいできました。
このことが、結果として両国の本当の意味での信頼関係を築けなかった原因の一つではないでしょうか。

 それにしても、中国の反日デモの無法な過激ぶりは何でしょうか。
マッチポンプという言葉がありますが、中国政府は若者達に反日デモをけしかけておいて、今度はやめさせよう(形だけ)としていますが、一度燃え上がった火はなかなか消えそうもありません。

 小泉総理も町村外相も、ただ「冷静に、冷静に」では、収まらないのではないでしょうか。歴史認識にしても靖国神社にしても、日本政府の建前だけの説明では納得しないでしょう。
 むしろ、政府は国内外に向けて、事実に基づいた公平で適格な見解を発表したら良いと思います。
 それに、中国や韓国が仮に反発をしたとしても、繰り返し繰り返し訴えると共に、日本国民がそれを支持するとしたら、長い時間をかけて民間外交や文化交流・経済交流で少しづつ理解をしてもらうしかないと思いますが、どうでしょう。

 私は昨年11月、富士宮市と友好都市となっている浙江省紹興市の観光局へ行って、お互いの観光交流を行うため、モニターツアーの計画を話し合ってきただけに、この数ヶ月の変わり様にビックリしています。

 東アジアの平和と安定の為に、中国と朝鮮半島とのお付き合いの仕方を、「向う三軒両隣り」の気持ちで見直したいものです。

                                  秋鹿 博
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2005年04月12日

桜の潔さに思う

 日本列島は今、桜前線におおわれ、花見のオンパレード。
 神社・仏閣はもとより、市民公園のや河川のつつみなど、どこへ行っても桜の見えない地域はないと言っても良いのでは。

 それにしても、なぜ日本人はこの桜の花が好きなんだろう。
花が美しいから、香りが良いから、そうだろうか。決してそれだけではないと思う。

 作家の太宰治が、「富士山には月見草が良く似合う」と言ったそうですが、富士山に一番似合うのは、何と言ったって桜!桜ですよね。
 「富士に桜」そうだ!これは日本だ。日本人は、「富士山と桜の花が一番好きなんだ。」 
それはなぜか、難しい理屈はいらない。日本人だからだ。屁理屈のようだけれど、間違ってはいないようだ。
 
 だけど、それだけではなさそうだ。本当の理由は、「潔い」からだ。
花の命が短くて、パッと咲いてパッと散る、美しくて悲しいからだ。
もちろん寿命の長い河津桜のような種類もあるけれど、日本人の好みは、やはり豪華絢爛のソメイヨシノのはかない美しさにあるのではないか。

 美しく開花したその瞬間から、散る営みを始める宿命。
 この潔さが武士道に通ずる、難しく言えば、それこそが日本人の精神文化ではないのかと思ったりする。

 特に、富士山本宮浅間大社の大鳥居から富士山頂を仰ぐ「三点セット」は絶景で、息をのむ美しさだ。
 その「日本の美」に何ら異議をはさむ余地は全くないのだが、ちょっと待てよ、と持ち前のあまのじゃくが頭をもたげて一つの疑問が涌いてきた。
 我ながら本当に困ったものなのだが。

 その疑問とは、いつ頃からこんなに桜が植えられたのか、また昔からこんなにも日本人に愛されてきたのかということ。
 そして、この日本人の好む「潔さ」を逆手に取って、日本の若者たちを戦争にかり出してこなかったか、過去の軍国主義が利用してなかったかと。
 
 戦後60周年を迎えて、憲法改正が浮上している今、お花見が楽しめる現在の平和への感謝の気持ちをまず大事にしたい。
 そのうえで平和が未来へと継続していくためには何が大切なのかを、何をすべきなのかを、ひとりひとりが、考えていければいいのではないでしょうか。
 過去の「日本」を見つめ直し、未来の平和ために、改めて考える機会なのかもしれない。
 
 時代に合わせてかえていくこと、かわらないこと。かえてはいけないこと。本質を見ること。見抜くこと。
 
 散る桜を見ながら、物思いにふけってみた。

                                  秋鹿 博
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2005年04月02日

縁の下の力持ち

 どこの観光地へ行っても、女性のグループが目立ち圧倒されてしまいます。
そうです、今や女性に人気のない観光地、またはお店ははやりません。ダメですね。

 どうしてでしょう。
その理由はいくつかあると思いますが、何と言っても女性は季節感や流行に敏感で、時代の流れをつかむのが上手ですね。
それから、昔に比べれば、時間とお金に余裕が出来て、自分でライフスタイルを選択出来るようになりましたね。
そして、野山の花や草のことを良く知っていて、四季の移り変わりに心をときめかす。
つまり、ロマンチストなのです。
もう一つ、男性に比べて気配りが上手ですから、逆に言えば、サービスが悪いとすぐに気が付いて、評判が悪くなってしまいます。

 富士宮市観光協会では、この女性の優れた感性と鋭い感覚にお願いして、5年前から女性部をつくって、機関紙「いずみ」を発刊してもらい、公民館などの公共の場に配布したり、協会関係者に毎月郵送してもらっています。

 「継続は力なり」と昔から言いますが、今月4月号でとうとう60号になったのです。
内容も観光協会のホットなニュースはもちろんですが、それにとらわれず、富士宮市のまちおこしや商店街のイベント、そして、日頃日の当たらない隠れた文化資源などを紹介したり、とにかくバラエティに富んでいるのです。

 この紙面がますます充実することと、協会の組織の拡大がピッタリ比例して、今ではこの「いずみ」が届くのを心待ちにしている会員が増え、協会を辞めたいなどの声はなくなってきました。

 「入っていてもあまりメリットがない」とか「会費が高い」などと言う方もいたようですが、「いずみ」を発刊するようになってから、このような声は聞いたことはありません。
 やはり、損得なしで純粋に努力している姿は美しく、人の心を打つのですね。

 月に一度の発刊は、常日頃からメモを取ったり、原稿を書いたり、下準備がなければ出来るものではありません。
そして、少なくとも2〜3回の編集会議をやって、しかもテキパキとやらなければ、なんぼボランティアと言ったって、しまいには負担になってしまいます。

 ところが、メンバーからグチ一つ聞いたことがありません。本当に不思議ですね。
よほどチームワークがいいからでしょう。

 私が5年間、富士宮市の観光協会の会長として務めることが出来たのも、このような女性部の皆さんをはじめ、さまざまな「縁の下の力持ち」の皆さんが大勢いて支えてくれたおかげです。

 心から感謝しています。本当にありがとうございました。
これからもますます、富士宮市観光協会と機関紙「いずみ」の発展を期待してます!
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2005年03月29日

開幕した『愛・地球博』

 春一番の朗報、「愛・地球博」が開幕した。
 今世紀初の万博、しかも国内では大阪万博以来、35年ぶりだという。
 
 テーマは「自然の叡智」だそう。
 私自身が常々考えている、「自然に挑むのではなく、自然に学ぶ姿勢こそ大切で、人間も自然の一部であるという謙虚な気持ちこそ、人間の英知ではないか。」テーマと共通する。

 とにかく早速行ってみようと、しかも、どうせ行くのなら開幕に行こうと、25日朝6時に早起きをして、富士インターに車で行って、富士急トラベルのバスに乗った。
 予想していた渋滞もなくスムーズに会場へ着いたのが午前10時。

 とにかく広く、華やかなパビリオンが、背伸びするように立ち並んでいる。
 天気の方は、富士を出発した時は快晴で、今日はついているなと、喜んでいたのもつかの間、風が冷たく、夕方には雪が舞ってビックリ。
 昨年2004年の花博が、女性と中高年が多かったのに比べ、春休みのせいか、学生や若者たちが大変目立った気がした。

 さすが万博(!?)で、120ヶ国の参加は素晴らしく、各パビリオンのコンパニオンの女性の明るい笑顔が、国際的博覧会を華やかに盛り上げていた。
 今も中東などで戦争が行われていることなどウソのようだ。

 人気のグローバル・ハウスやトヨタグループ館などは、長蛇の列で見られなかったが、ヨーロッパ、オセアニア、アジア、アフリカなどの世界の国々のパビリオン、グローバル・コモンはどこもスムーズに入れて、充分楽しめる。

 感心したのは、各国のユニークで個性的な展示とメッセージだ。
特に、ヨーロッパのパビリオンは地球の将来と人類の行方について語りかけ、入館者に共通の問題提起を与えていて、大変興味深かった。
 また、日本のパビリオンも含めて共通しているのは、液晶テレビやITを駆使しての映像の世界が未来を示していることだ。

 このような大きなイベントは、会場も広く疲れるからイヤだという人もいるかも知れませんが、今世紀私たちが生きている間はこれが最後のチャンス、国内ではもうお目にかかれないと思って参加してみませんか。思わぬ発見があるかも、知れませんよ。
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2005年03月22日

今も心に残る、WPPD(世界平和を祈る日)懐かしんで

 2004年の夏至の日、6月21日に富士山朝霧高原で開催した『地球に感謝の祈りを捧げる日』から、早いもので十ヶ月近くが経とうとしています。

 その時は、アメリカ・アイルランド・エスキモー・ニュージーランド・オーストラリア・南アフリカ、そして日本のアイヌの人々など、さまざまな国々と地方を代表する先住民の方たちを中心に、この主旨に賛同する方々が約6、000人が集い、アメリカインディアンの儀式を通じて、地球に感謝の祈りを捧げました。
 この間、台風6号の暴風雨の中でも、セレモニーが終わるまで、ほとんどの方が帰らなかった、不思議な集いでした。

 その時、大変な実行委員会本部の事務局長を務めたのが、海老原よしえさんでした。
そのよしえさんのライブが、20日午後2時より富士吉田市の御師の家(江戸時代の冨士講の人々が泊まった宿)で行われるとと聞いて、早速行ってみました。

 やっと探し当てて、家の近くに行ってビックリ。会場入り口の大きな石燈灯の前を通って行くと、室町時代からの歴史のある木造の古民家で、富士講の人々の拠点の一つであったと聞きます。
 築400年という最も古い民家・文化財で、何とも不思議な雰囲気の建物でした。
約20畳間の和室に、みんな座り込み、車座になってライブを聞きました。

 参加者は、子供連れの若いお母さんたちが中心で約20人ほど。
 よしえさんの声と語りは、なにか安らぎを感じました。
 ここはいつの時代なのか錯覚してしまう、歴史ある古い木造の建物の不思議さと、2004年の夏至の日のセレモニーの不思議さ、そして、よしえさんの歌の、人の魂に触れるような不思議な魅力、3つの不思議が重なって、何とも不思議な感慨深い気持ちでした。

 やはり、富士山には気象条件や山の生い立ちで、聖霊がやどり易いのかも知れない。
そう言えば、青木樹海も人穴浅間も何となく近寄りがたいが、不思議な感じなのだ。お胎内にいるような安らかな気分。

 一年前の集いを思い出して、夏至の日には「平和を祈る」を集いがなにかできればいいなあと考えながら帰路に着いた。
posted by あきしか at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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